■ いつも心に太陽を!! ■

麻 生 悠 乃



* (1)神楽 *


 ったく!腹立つ!腹立つ!!腹が立つ!!!

 年の頃は二十歳前後だろうか。
 栗色の背中まである軽くウエーブのかかった長い髪の毛をゆらし、ずんずんと大通りを
 人込みをかきわけて歩いていく一人の娘がいた。
 背は低く骨格は華奢、細い銀フレームの楕円の眼鏡が少し幼さの残った彼女を顔を引き
 締めている。
 右の目元にあるほくろが眼鏡のきつさを和らげ、全体的な印象はひとなつっこそう。
 あくまで印象だけの話だが…。
 彼女の名前は神楽。
 カグラ・シイナ19歳の五行道師だ。
 五行道師とは、五行…すべての物事を木火土金水にあてはめそれぞれを司るエネルギー
 を魔術に変え操る稼業。
 また神楽は五行エネルギーの他に、各要素を司る五つの聖獣「青龍・朱雀・黄龍・白虎
 ・玄武」と式神契約をしていて魔術を操る以外に彼らを式として操ることもできる。
 そんな彼女がさっきから怒りのオーラを振りまきながら歩いて目指しているのは、この
 街の中心部にあるバザールの広場。
 これから開かれるバザールに彼女も参加するためだ。
 ほんの五分もしないうちにバザールに着いた神楽は、イライラと怒りのオーラを隠しも
 せず広場の中央辺りの地面に2M四方の線を足で書くとその上にばっさばっさと布を敷
 いてどっかりと座り込んだ。
 そしてなんだかぶつぶつ呟きながらも、持っていたナップザックの中から小さな15cm四
 方の座布団を取りだし、さらにザックの中から直径10cm位の水晶玉を取りだし座布団の
 上に置くと、神楽の隣で野菜の露店の準備をしていた恰幅のいいおっちゃんに
 「おっちゃーん!ダンボールもらうよ!!」
 と一声かけ、野菜の入っていたダンボールを一枚強奪した。
 「神楽ちゃんまた負けたのかい!」
 神楽の声と行動を笑いながら見て返事を返したのはおっちゃんではなく、おっちゃんの
 横で大根を並べていたおばちゃんだった。
 このおばちゃんもおっちゃん同様恰幅がよく、長い間連れ添っっているせいかなんだか
 なんだか知らないが、似たような雰囲気をかもしだしていた。
 「そうなんだよおばちゃん!もぉあったまにくるよ!!」
 そんなおばちゃんの笑い声とにやにやの笑い顔に、神楽は眉間のはしわをますます深め
 ながら、先ほど強奪したダンボールを懐のレイピアで適度な大きさに切るとそこにマジ
 ックで乱雑に文字を書き始めた。

 占いします!護符もアリ!すべて時価!応相談!!

 「それにしても今日で5日目かい?」
 ようやっと野菜を並べ一息ついたおっちゃんは煙草をふかしながら、神楽の書いた看板
 (もどき)を見ながらニヤニヤと笑う。
 その言葉に神楽は、半分八つ当たり気味に看板(もどき)を水晶の横に投げた。
 「くっそー!あの親父!またイカサマしやがって!あたしの勝ちだったのにさ!!」
 「ははは。まぁ、そう怒るなよ。次は頑張るんだな。」
 段々と深くなる一方の神楽の眉間のしわと険しい声色に、おっちゃんは神楽の雷が落ち
 ないうちにと、簡単な励ましの言葉を置いてさっさと自分の露店に戻り本格的に商売を
 始めた。
 露店のおっちゃんが機嫌の悪い神楽をからかいすぎ、それにキレた神楽がせっかくきれ
 いに並べ終えた野菜達を台ごとちゃぶだい返ししそうになり、おっちゃんと小一時間睨
 みあったのはつい昨日のことだった。
 (それにしても一体いつになったら出発できるのやら…)
 神楽は、今は商売道具と化している水晶を磨きながら空を仰ぐ。
 (まぁ急ぐ旅でも、目的があるわけでもないんだけどさ…)
 そして少し自嘲気味にため息をつくと、ぼちぼちと人が流れ始めたバザールに目を向け
 呼び込みを始めた。

 本当ならば神楽はもうそろそろ他の街に移動したい所だったが、五日前から足止めを食
 らっている。
 なぜって?
 …それはちょっと。いやかなりくだらない理由がそこにはあった。
 神楽は《ポーカー》に足止めされていたのだ。
 そうあのトランプを使ったギャンブルの。
 神楽がこの《水の国》のバザール街《海の響き》にふらりと訪れたのはちょうど一週間
 前のことだった。旅の途中で使うものや魔道具を仕入れるために寄っただけで、ほんの
 二・三日休憩がてら宿屋に泊まってさっさと他の街に移動しようと考えていた。
 さすがバザールの街《海の響き》。バザールの街だけあって、街の露店や露天には他の
 街では手に入りにくい珍しい物や、マニアックな物など多数あり珍しい物や貴重な物が
 大好きな神楽は最初ウハウハで買い物をしていた。
 が、一通り買い物が終わってしまい夕方の露店や露天の店じまいの時間になると別に観
 光する場所も遊ぶ場所もないこの街ではすることもなく、快楽大好き人間の神楽には少
 々物足りなくて退屈し始めていた。

 この世界は各街にもきちんと役割があり、観光するなら観光の街、仕事を探しているな
 ら仕事斡旋の街…と、各国ごとにその街の特性にそった役割を与えている。
 むろんそれだけしかないわけではなく、ただメインであるだけであって、街の中には普
 通に宿屋や食堂、民家や病院などもあり暮らしていくぶんにはなんの不自由はない。
 ここ《水の国》の《海の響き》はバザールの街。
 街の中央の噴水を中心に東西南北メインストリートが伸び、平日の朝から夕方まで色々
 な露天や露店商がマーケットを広げている。むろんこの街の住民じゃなくても、旅人で
 も隣の国の人間でも誰でも露天を開くことができるのだ。
 昼間は旅人やら商人が旅の途中で仕入れた珍しい物や貴重品を売っていたり、地元の人
 間が朝採りした新鮮な野菜や肉・魚を売っていたりとなかなかな賑わいをみせている。
 また多くの旅人が寄ることで色々な情報交換の場でもある。

 で、神楽とポーカーの関係だが。
 この街唯一の宿屋の親父は無類のギャンブル好きで有名だった。
 夜の帳が降り、することもなく退屈しきっている神楽が宿屋の酒場で浴びるように酒を
 飲んでいると、宿屋の親父がポーカー勝負を挑んできたのだった。
 賭けの対象は神楽の宿泊費。
 親父が勝てば宿泊費三倍。
 神楽が勝てば宿泊費無料。
 ものすごいうまい話であった…。
 元来神楽は負けず嫌いで売られた勝負は買わないと気が済まず、人が得して自分が損す
 るのが大嫌い。  元々ギャンブルは好きな性質で今現在ものすごく退屈しているときた。
 そんな神楽だからいちもにもなく親父の話に飛びついた。
 ポーカーを断って普通に宿賃を払うっていう選択もあるのだが、そんなことは微塵も考
 えないし欠片もない。
 程なくして…まんまと親父に乗せられた神楽は、みごとに惨敗し三倍の宿賃を払うはめ
 になっていた。
 翌朝チェックアウトで三倍の宿賃を払った神楽はかなり懐が寂しくなり、バザールで護
 符を売ったり占いをして路銀稼ぎをすることになったのだが…
 (なんで!このあたしが!!こんなことを!!!)
 と、だんだん無性に腹が立ってきて。
 とうとうバザールで稼いだお金を持って宿屋に乗り込んだのだった。
 負けてすごすご帰るのは女が廃る!
 この神楽様に負けの二文字は似合わない!!
 と、いうことで。
 ポーカー勝負。
 親父が勝ったら、今日の神楽の稼ぎを渡す。
 神楽が勝ったら、負けた分を三倍返し。
 で、結果はというと…神楽は次の日もバザールに出店することになった。
 こうなると神楽は、連敗にプライドが傷つき、自分がかなり損をしていることに自我が
 崩壊寸前になり、売った喧嘩に負けた現実にうちのめされ、なにがなんでも負けた分+
 αを取り返そうと三度目の勝負に出て…そしてエンドレスで今日に至る。

 「三日目位で止めたら良かったのに。」
 と、隣のおばちゃんに笑われ、その言葉にまた神楽は怒りが込上げてくるのを感じた。
 実際痛いくらいに自分の行動の愚かさを実感している神楽は、反論したくてもできずに
 ただ水晶を磨く手に力を込め、恨みがましく水晶を磨き続けた。
 (ここまできたら絶対勝つまで勝負してやる!!)
 流浪の冒険家神楽に、時間の制限はなく次の行き先も決めてはいなかった。
 (…とことんふんだくってやる!!)
 そう神楽は心に決めて…。

 それが一つ目のできごと。


 (1)神楽…終わり



   



 なんとかスタートしました(;´∀`)
 まずは神楽の登場です。この先どうなるんでしょうねぇ…
 2004'06'19 麻 生 悠 乃