■いつも心に太陽を!!■

麻 生 悠 乃

* (2) キ リ *



うっそうと茂った森の中。
幅2mほどの砂利道の他は見渡す限り木々に囲まれている
ここは、太陽の光はほとんど葉に遮られ薄暗い。
火の国から水の国への街道の途中にある『ユルギの森』の中
キリは足早に駈けている。
思ったよりも森が深く
予想以上に森を抜けるのに時間がかかっている。
(失敗した・・・)
小さく後悔を胸にするが時はすでに遅かった。
昼食をとった《火の国》の芸術の街《炎の宴》の定食屋が
三時間もあれば《ユルギの森》は抜けられる・・・と話していたから
芸術に興味のないキリは今日中に森を抜けて
《水の国》に入ろうと思ったのだ。
《ユルギの森》を抜けてすぐに《水の国》のバザール街《海の響き》が
あるのは地図で確認している。
芸術よりはバザールの方がよっぽど興味深いキリは
そうそうに《炎の宴》を後にしたのだ。
そうでなければ目的のない旅なので
《炎の宴》で一泊しようと考えていたのだ。

少し風がでてきたようだ。
キリは歩く速度を緩め、うっそうと茂っている並木を見上げる。
耳までのストレートショート黒髪を弄り
頬を撫でていった風の冷たさに夕暮れを感じ、キリは
腰から金色のチェーンに繋いで懐にしまってある時計を確認する。
時刻は三時を少しばかり過ぎたところだった。
春間近かといえども、まだ季節は冬をようやく終えるかというところで
日が傾き始めると、とたんに肌寒くなり
本格的に日が暮れてしまうと、防寒着なしでは震えがくるくらいに
冷え込んでしまう。
神官戦士のキリは戦うことを前提としているため
少しばかり厚めの肌着の上に
動きやすく軽い素材でできた長袖の薄いセーターと
厚手のタイツの上にショートパンツ
ふくらはぎまでの編み上げのブーツしか身につけていない。
またそれをすっぽり隠れるくらいのマントで覆っているだけで
防寒着らしきものは身につけてはいない。
足早に駈けているうちは身体も暖かかったが
足を緩め、冷たい風に吹かれていると
とたんに寒さが身にしみてくる。
並みの男性に負けないくらいの長身を小さく丸め
キリは再び駆け出した。

現在、森の7割を過ぎた所だろうか。
この森を抜ける頃にはすでに日は落ち、月がはっきりと見える時刻に
なってしまうだろう。
あてもない旅の途中・・・。
急ぐ必要もなければ、依頼を受けているわけでもないキリは
日が傾いている今、慌てて森を抜けて先に進むこともないのだが
うっそうと茂った森の中、冷え込み、物の怪に注意しながらの
野宿はなるべく避けたい、と思っていた。
冒険者たるもの必要があれば、どこでも野宿し
物の怪に出会えば退治するのが世の常であろう。
しかし必要があれば〜の話しであって
決して、いつでも!とか、必ず!というわけではない。
人間、しかも年頃の女であれば、可能な限り
暖かい布団、おいしいご飯、気持ちのいいお風呂のそろった
宿なりなんなりで夜を過ごしたいものだ。
この森さえ抜けてしまえばすぐに《水の国》のバザールの街
《海の響き》がある。
そこまでの辛抱だと自分に言い聞かせ
どんどん暗くなっていく森の中をキリは走り続ける。


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